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オレイズム

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些細だけどほっとすること。

 本当はもう少しだけ、あとほんの少しだけそこに居たかった。けれどそこには、僕をとどまらせない何かがあって、僕はきっとこの先ずっと、その何かと和解する事はできないみたいだった。それは人が生きていく上での様々な場面で出くわす、お互いのお互いに対する誤解から生まれたものかもしれない。しかし例えそれが誤解から始まっていようとまたそうではなかろうと、その確かな脈動を僕は避けることができないし、避けることによって好ましい結果は望めそうにない。事態は常に変化しているし、もう既にフェータルな領域に僕は足を踏み入れてしまっているのだ。何だこれ、何だこれ、何だこれ。 

 バスに揺られている。僕は夜行バスの座席で眠ることができない。閉じたカーテンを少しだけ開いて高速道路に規則的に咲いた外灯をぼんやりと眺めている。目の奥が少しだけ重い。パーキングエリアにバスが寄る。運転手が出発の時間を告げる。僕はおもむろにバスを出る。特にすることもなくトイレに向かう。蚊の死骸で埋め尽くされた便器、すえた匂い、切れかけた蛍光灯、何だこれ、何だこれ、何だこれ。 

 またバスに揺られている。もう時間も分からない。遠くの方で誰かがいびきをしている。走り去る風景。弛緩した時間と引き伸ばされた情景。僕は袋小路に迷い込んでいる。ジレンマの中でもがいている。欠落の深みで声にならない声をあげる。喪失の淵で溺れかけている。小刻みに体が震えて、すこし止んでまた震える。逃げ場などないのだ、ちょうど闘う場所がなかったように。 僕は未だに抜け出せないでいる。もう久しく生きていない。なんだこれなんだこれなんだこれ・・・・・。


・・・・・・・


 吐き気、吐き気、吐き気、さっきから吐き気が止まない。僕は左手を額に当ててうなだれる。胃が軋む音、バスがアスファルトを踏む音、遠い誰かのいびきの音。吐き気が止まないんだよ。 僕は壊れているか、僕はオカシくなっているか。ひとまず落ち着こう。瞼を閉じる。誰かが笑う。まだ笑っている。いつまでもいつまでもいつまでもいつまでも笑っている、ちくしょう。僕は笑う。

 吐き気、吐き気、吐き気、僕はきちんとありがとうと言う。僕は大人しく座ってられる。僕は飲み物をこぼさずに飲める。僕は漢字だって大分読める。僕は歌だって歌う、ねぇ、歌だって歌えるんだ。料理もするし洗濯もする、洗剤を入れて、除水もする。

 でも時々分からなくなる。何もかもが分からなくなる。君が誰なのか分からなくなる。僕が誰に向かって話しているか、分からなくなる時がある。君が、そして僕自身がとても醜く見えてしまう事がある。ココとソコで何だか距離も温度も色も、何もかもが違っているような気がする。どこからどこまでが僕は手に触れられるのか、僕は堕ちているのか、フワフワと浮かんでいるのか、そして何よりも、僕が本当にマトモなのかどうか、分からない、分からない分からない分からない分からないわからないわからない・・・ちょうどたった今、この瞬間みたいに。

 不安になる。もう帰りたい。でもどこに?  


・・・・・・・


少し落ち着いた方がいい。あまりシリアスになり過ぎないように。僕は一度大きな深呼吸をした。大きく吸って、大きく吐く時にあくびも一緒に出た。僕は少しおかしくてクッククって笑った。横の席のこ汚いオッサンがチッと舌打ちした。僕は何か考えようと思った。まず、昨日の事を思い出そうとした。でも昨日の事なんてきっと明日になっても思い出せやしない。そんなもの思い出したって、僕の昨日か誰かの昨日か、区別もつかないじゃないか。よしじゃあ今日について・・・

 僕はいつもどおり六時半に起きた。きっちり六時半だ。目を開けて体を起こしたら、右手が震えだした。でも僕は我慢してトイレに行った。小便はいつもどおり濃い茶色だった。右手が震えていたせいで小便は便器に上手く入らなかった。僕はまた憂鬱な気分になった。でも今日は飲まなかった。今日から僕は変わるんだ、だってそう決めたんだから。

 そうして職場に行った。僕はリブサンドやカルボナーラを客に出した。ツナサラダくらいは僕でも作れた。でも作っている途中に指が震えて食器を床に落とした。店長が僕を隅に連れて行って、僕のわき腹を思い切り殴った、死ねよアル中と言った。僕は、酒は止めましたと言った。店長は今度は僕の鼻を殴った、もう帰れ、そんな風な事を言った。

 帰る途中にズブロッカをがぶ飲みした。どこかのカレンダーを見て、はっと気が付いて公衆電話からカズミに電話した。今日はユカの誕生日だよな、オレ何か買っていくよ。パーティーしてあげよう、と早口で言った。カズミは、あんた頭おかしいんちゃう、今何時やの?仕事はどないしたんな、掛けてくんなゆうたやろ、ロクデナシ、と言ってガチャンと電話を切った。僕は一応CDショップに行ってユカの為にCDを買った、童謡が一杯入っているやつだ。それから一応カズミにもCDを買っておいた。あれでもなかなかいい母親なのだ。

 それからカズミの家に行った。玄関が開いた瞬間にカズミが平手で僕を打った。僕はめげずに二枚のCDをカズミに差し出した。カズミはそれを通りに放り投げた。ガチャンと鈍い音がした。帰らな警察呼ぶで、カズミは言った。僕はひび割れたCDを震える手で拾ってそのまま歩き去った。

 歩きながらCDをどこかのゴミ箱に捨てた、そんなもの、僕は聞きたくもないのだ。それから居酒屋で安いウィスキーを飲んだ。銘柄も知らないし何杯飲んだかも知らない、とにかくたくさん飲んだ。店を出ると駅に行って東京行きの夜行バスの切符を買った。どうしてか、そんなこと知らない。とにかく買ったのだ。そして今はバスの中、汚いオッサンが隣で寝ている。
2006/06/21(水) 19:06:59 太平寺 トラックバック:0 コメント:3

 どうして夜行バスの冷房はこんなにも効きすぎるのだろう。僕はブルブル震えているのに。だいたい今何時なんだ。だいたいお前は誰なんだ。
 もう一度パーキングエリアにバスが入った。同じように運転手が発車の時刻を、多分僕だけに伝えた。僕はもう一度バスを降りた。クシャクシャになったマールボロを二本吸った。指が震えて上手く吸えない、こんなのってうんざりする。もう、本当にうんざりするんだ。僕は売店で一番安いウィスキーを買った。酒の味なんて分からないもの。僕は人よりほんの少しだけ酒を多く飲む。でもねカズミ、僕は酒がおいしいだなんて、ただの一度だって感じた事はないんだよ。そのままキャップを取って三口ぐらい飲んだ。運転手の禿げたオヤジが、もう出まっせ、はよ乗ってください、とかなんとか迷惑そうに言った。「もう出まっせ!」僕は真似した。もう出まっせ、馬鹿みたいな揩阨セ。オヤジは何か汚い言葉を吐いた。

 それからバスは、そのまま中央分離帯に突進して全員死んだ。そんなことにでもなってしまってもいいのに。でも、そんなことになったら、きっとカズミは泣くんだろうな、ユカは訳も分からず笑っているかも知れない。この汚いおっさんにもきっと子供がいて、死んでしまったらみんな赤ん坊みたいに泣くんだろう。おっさんはただ汚い顔して寝ているだけだ。それじゃあ運転手さん、安全運転でお願いします。


ささやかだけど、ホッとすること


 東京駅に着く、午前五時。夏の午前五時は深海のように濃いブルーの世界で、大阪も東京も似たようなものだ。僕は運転手に大きな切符を渡して、東京を歩いた。あてもなく東京を歩いて、ベンチに寝転がった。そのままマールボロをまた二本吸った。そしてふと考えた。はて、どうしてまた東京になんて来たんだろう。この時だ。この瞬間だ。この瞬間に僕は悟った。あぁそうか、オレはやっぱり少しオカシイんだな。だって、マトモな人間は、理由もなく大阪から東京までなんて行かない。いくら酒を飲んだって、東京までは行かない。東京はいくらなんでも遠すぎるじゃないか、僕はそのまま泣いた。僕は思う、こんなのってない、あんまりだ。グチャグチャじゃないか、ドロドロじゃないか。僕はもうほとんど、死んでいるんじゃないか。そのまま体勢を横にして、吐いた。酒にまみれた最悪の気分だった。僕はそのまま目を閉じた。

 二時間位寝た、とても感覚的な二時間だから、二時間かどうかなんて僕はしらない。起きたら自分のゲロが目の前にあって、危うく僕は自分のゲロにモライゲロしそうになった。気分は依然として重かった。でも、寝る前よりましだ。とにかく帰らないと。僕は公衆電話まで歩いた。公衆電話で店に連絡しようとして、怖くなって止めた。だって、あの店長、何を言ってくるか分かったものじゃない。仕方なくカズミに電話した。正確に言うと、掛けようとして迷って、止めて、今度は半分くらいまでボタンを押して、止めて、三度目に結局最後までボタンを押した。胸が締め付けられた。カズミが出た、もしもし。僕は切ろうか迷って、でも切ってもどうせカズミは分かるだろうから話した、オレなんだけど、昨日はごめんなさい。カズミは返す、ごめんて、あんた何に謝ってんの、何に対してすまなく思ってんの。僕はもう正直に話した。自分があまりマトモではなかった事に対して、それに対してカズミとユカに迷惑をかけた事に対して、店長にも迷惑をかけたこと、昨日は飲まないと誓ったのに飲んでしまったこと、訳も分からずに東京まで来てしまったこと、エトセトラ、エトセトラ。

 僕は泣かなかった。人に何か謝るとき、絶対に泣いちゃいけない、誰だっかか偉い人が昔言ってた。彼は人差し指を一本ピンと立てて僕に言った。だってお前が欲しいのは同情じゃなくて許しなんだろう、それじゃあ絶対に泣いちゃあいけないよ。僕もそう思う。

 カズミは黙っていた。長い間黙っていた。それは胸が張り裂けるくらいの沈黙だった。僕は受話器を持ち替えた。店に連絡いれたんか、店長にちゃんと謝ったんか、カズミは言った。僕は言う、だってもうクビだよ、ツナサラダも作れないんだから。カズミは、それでも謝りいや、あんた迷惑かけてんやろう、と言った。沈黙・・・うん、分かったよ、一応謝っておくよ、僕は返した。それから、カズミは続けた。

「それからな、これから飲んだ時はウチに掛けてこんといて、飲みそうになった時はいい、でも飲んだら、絶対に掛けてこんといて、それからな、今日帰ったら職安行きや、酔ってんねやったら明日な。あんた、もういい加減にしいや、ユカも恥ずかしいわ。何回同じ失敗してんの、ツナサラダなんて誰でも初めは作られへんわ、ましてアンタなんか、そんなにすぐに作れる訳ないやろ。あんたな、なんでも続けなあかん、続けなあかんねんで、何事もや。」

僕は黙って聞いていた。何か言おうと思ったけど、結局は黙っていた。

救いようのない人生がたくさんある。救いようのない人間がたくさんいる。だけど、同時に誰にだって、ちょっとした救いがある、それは汚いおっさんにだってある。僕にだってもちろんある。それは決して解決じゃない。決して丸く収まったりなんてしない。ただ、ほんの少し、ホッとするだけだ。それはほんのささいな事だ。ささいなことだけど、ホッとすることだ。

 僕はまた大阪行きのバスの中にいる。昼間のバスだ。ちょっと迷ったけど、ウィスキーのボトルは捨ててしまった。まったく無駄遣いばっかりしている。こんなのって、あんまりよくない。

2006/06/21(水) 19:06:09 太平寺 トラックバック:0 コメント:5
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